外国人材の活用が進む日本において、日本語教育の重要性が高まっています。特に特定技能制度の拡大に伴い、職場で実践的に使える日本語力の習得が課題となっています。加えて、技能実習制度から育成就労への移行という変革期を迎え、企業の対応も試行錯誤が続いています。
このような背景の中、教育業界大手の学研ホールディングスでは、子会社である株式会社TOASUを通じて、特定技能人材向けの日本語教育サービス「Gakken STEPにほんご」を展開しています。今回は、学研ホールディングスのグローバル戦略室で外国人就労支援事業を担当する三隅様に、サービスの特徴や導入事例についてお話を伺いました。
外国人材の在留者数増加に伴い、様々な課題も

ーーー学研ホールディングスと株式会社TOASUについて簡単にご紹介いただけますか?
三隅様:
学研ホールディングスは1946年の戦後に設立された企業です。皆さん「学研」と聞くと「学研教室」や「学研の科学」などをイメージされる方が多いと思いますが、主力事業の一つは教育事業です。教育事業の中には幼児~小学生をターゲットにした学研教室~中高生をターゲットにした進学塾など、塾事業運営や、学習参考書籍の出版等を行う出版事業があります。出版事業の中に実は数年前に学研グループにジョインした「地球の歩き方」も含まれており、これを聞くとびっくりされる方も多いです。
また、小学校の道徳の教科書制作も学研が行っております。日本人の『時間を守る』『順番を守る』『整理整頓』など、海外の人が日本人のイメージとして多く挙げるこれらの行動様式は幼少期に学ぶ道徳教育によって基礎部分が作られることが多いと思いますが、それらに学研の教材が貢献できているのではないかと思います。教育事業と並ぶもう一つの主力事業は医療福祉分野の事業で、サービス付き高齢者住宅運営事業や認知症のグループホーム運営事業、幼稚園・保育園などの子育て支援事業も展開しています。0歳から100歳まで、教育と医療福祉のリーディングカンパニーを目指している会社です。
株式会社TOASUは、2018年にM&Aで学研グループ入りしました。TOASUは約60年の歴史がある会社で、社会人向けの教育研修を行っています。元々は高度経済成長期に地方から都市部へ働きに出てきた若者たちに対して安全教育などを行っていました。その後、製造業に特化した研修から始まり、ITブームの際にはIT系企業の研修も手掛けるようになりました。現在のお客様は主に製造業とIT業界で、新入社員研修や階層別研修、製造現場での5S活動、プロジェクトマネジメントなど、企業の多様な課題やニーズにカスタマイズした研修ラインナップが特徴です。
これまで日本人向けの教育研修がメインでしたが、企業の外国人材採用数や海外進出の増加に伴い、外国人向けやグローバル関連のご相談が増えてきました。そこで昨年、グローバル推進部を立ち上げ、特定技能外国人向けの教育サービス「Gakken STEPにほんご」をスタートさせました。
私が学研に入社したのは2023年12月で、まだ1年数ヶ月です。入社当初はTOASUの営業部門の営業企画として入社しました。入社前は主に外国人向けの人材ビジネスや外国人向け教育サービスの立ち上げに約10年間携わって参りました。TOASUに入社した経緯は、外国人と日本人の共生社会を作る上では日本人をグローバル化する教育研修も必要だと痛感していたため、そのようなことがやりたいと最終面接でTOASUの宮田社長にお伝えし、学研グループのTOASU社ならそのようなことが実現できそうだと感じたからです。入社後、学研グループのグローバル教育事業の立上げを担当させていただくことになり、2024年4月からは学研ホールディングスのグローバル戦略室に異動し、外国人就労支援事業を立ち上げました。現在は外国人の日本社会における活躍を支援するため、学研グループ内の関連事業会社と連携しながら、研修領域に限らず様々な事業の立ち上げを進めています。
ーーー「Gakken STEPにほんご」はどんな外国人材に対して提供しているサービスですか?
三隅様:
TOASUがグローバル教育を打ち出す際に、まず考えたのは外国人の方々に対してどのような教育を提供できるかということでした。多くの方は真っ先に日本語教育を思い浮かべますが、私たちは単に日本語を教えることが目的ではないと考えています。TOASUは語学の会社ではなく、社員が会社内でスキルアップ・キャリアアップするために必要な教育ソリューションを提供する会社です。
外国人の方々が日本語を勉強する目的は、単に言語を習得することではなく、職場で日本人とコミュニケーションを取ったり、先輩と一緒に仕事をしたり、社内でキャリアアップするためです。ですから、日本語教育だけでなく、外国人の方が職場で働きやすくなるような要素や、上司が外国人社員をマネジメントしやすくなる要素を入れることが重要だと考えています。
外国人向けの教育を考える際には、特定技能、技能実習、高度人材など様々な在留資格があり、それぞれの日本語レベルも異なります。また、職種によっても必要な日本語スキルは変わってきます。このような多様性がある中で、私たちはまず特定技能にフォーカスすることにしました。
私たちが特定技能にフォーカスした理由は、現在この制度が急速に変化しており、在留人数も増加している一方で、様々な課題が追いついていないと感じたからです。特に今後育成就労が本格的にスタートするに伴い、日本語教育の要件が今後ますます厳しくなると予想される中、ニーズがあると判断しました。
ーーー「Gakken STEPにほんご」の具体的なサービス内容を教えてください
三隅様:
月4回(週1回)のレッスンで一人あたり3,960円というお手頃な価格を設定しています。月2回や月8回のプランもあり、企業のニーズに合わせて選択できます。
学習コースは、特定技能の方々に必要とされる内容を提供しています。例えば会話力の強化、特定技能1号から2号へのステップアップに必要なJLPT N3対策、特定技能取得に必要なJLPT N4やJFT-Basicの対策、介護分野での申し送り文書作成など、職種別のニーズに対応しています。また、企業からの要望に応じてカスタマイズも可能です。
実際の活用例として、ある宿泊施設様では、入国前の待機期間(ビザ申請から入国までの3ヶ月程度)に日本語力が落ちないようサポートしたケースがあります。この期間は試験も終わり、気が緩みがちで日本語力が低下しやすい時期です。オンラインで会話練習を行うことで、入国時の日本語力を維持・向上させ、入社後はビジネスマナーを含めた内容に移行し、さらに将来的なステップアップに備えてN3対策に入るといったカリキュラムを設計して導入いたしました。
このように「いつ、どのような内容を学習すべきか」は企業や外国人材によって異なるため、ヒアリングを通じて最適なコース設計を行っています。
サービス導入だけではなく、企業と一体となって取り組むことが大切

ーーー特定技能人材の教育にはどのような課題があるとお考えですか?
三隅様:
特定技能の方々を受け入れている企業は、「日本人が採用できないから外国人を採用している」というケースが多いです。介護、外食、製造業などの分野では、本来は日本人を採用したいという思いがあるものの、人材確保が難しいため外国人材に頼らざるを得ない状況があります。
そうした状況で、日本語力があまり高くない状態で入社される方も少なくありません。企業側も外国人社員に対する日本語教育の必要性は感じていますが、高額な教育費用は負担が難しいのが実情です。
この課題に対応するために考えられるのが日本語学習eラーニングやアプリなどですが、これにも大きな問題があります。eラーニングは月額数百円から1,000円程度と非常に手頃な価格で提供されていますが、実際には特定技能で入国する方々の多くは自主的に学習を継続することが難しい傾向にあります。
そのため、「このeラーニングを使って勉強してください」と言われても、なかなか継続して取り組むことができません。
前職でeラーニングサービスを提供していた際に、「コンテンツはとても良いのに、誰も見てくれない」という顧客の声をよく聞きました。結局、eラーニングを利用させること自体が目的になってしまい、実際の学習効果が得られないというジレンマがあったのです。
そこで見えてきたのは、「人による管理・指導」と「手頃な価格」の両立という課題でした。高すぎると企業が導入できず、安すぎると効果が出ない。この中間地点として、月額定額で手頃な価格の日本語レッスンサービスを開発したのが「Gakken STEPにほんご」です。
ーーー講師陣の特徴と企業へも何か提供されていることはありますか?
三隅様:
講師は全員日本語教師の資格を持っており、特に特定技能や技能実習生のバックグラウンドを理解し、実際に指導経験のある方々を採用しています。日本語学校や大学で留学生のみを教えていた講師だと、社会人向けの指導に違和感が生じることがあるため、特定技能や技能実習で働く方々の背景を理解している講師を選んでいます。
中には海外の送り出し機関で教えていた経験がある方もいます。限られた時間の中で効率的に教え、仕事をしながら日本語を学ぶ学習者の状況に配慮できる講師陣が特徴です。
企業へは都度授業報告を行っているのですが、単なる報告書にとどまらない工夫をしています。日本語のレッスンでは様々なことを学びますが、重要なのはそれを実践の場で活かすことです。外国人材にとって本当の学習の場は日常生活や職場環境にあると考えています。
そこで私たちは「コミュニケーションブック」を作成し、企業側にも外国人材の日本語学習をサポートしてもらえるよう働きかけています。例えば、ある介護施設では、外国人スタッフがレッスンで「利用者の状態変化を報告する表現」を学んだ際、その内容をコミュニケーションブックを通じて日本人スタッフにも共有しました。日本人スタッフは「今日は○○さんの体調はどうですか?」と意識的に話題を振ることで、外国人スタッフが学んだ表現を実践する機会を作りました。この結果、レッスンで学んだ内容が実際の業務で定着し、報告の質も向上したというケースがありました。
このように、日本語教育は講師だけでなく、企業と一体になって取り組むことが重要だと考えています。限られたレッスン時間の中で効果を最大化するには、日常の実践が欠かせないからです。
日本語教育を含む初期投資は、必ずリターンとして返ってくる

ーーーeラーニングは本人のやる気が重要になる中で継続利用の仕組みはありますか?
三隅様:
eラーニングはログインすること自体がハードルになりがちです。最初の導入時にログイン方法や使い方を説明しても、その後誰も管理・監督しなければ、多くの場合は利用されなくなってしまいます。例えば「3ヶ月後のN3試験に向けて自分で勉強してね」と言われても、放置状態では継続しないのが現実です。
そこで私たちは「コーチング」という機能を取り入れる予定です。月に1〜2回、eラーニングの進捗確認や理解度チェックのためのオンラインセッションを設けます。「レッスン」という形式ではなく、学習管理という側面からサポートします。
また、レッスンとeラーニングを組み合わせることも効果的です。例えば「授業で学んだことをeラーニングのこの部分で復習し、次回までに宿題としてやってくる」という流れを作ります。「来週までにやらなければ」という適度なプレッシャーが学習の継続につながります。
管理者画面でアラートを出すといった機能も活用できますが、最も効果があるのは「自分の学習進捗を誰かがちゃんと見ている」といった心理的要素や、レッスンの予習・復習としてeラーニングを位置づけることだと考えています。特に勉強が得意でない方は、自立して学習を進めるのが難しいため、こうした仕組みが重要です。
今後の展開として、先ほどeラーニングの課題について述べましたが、使い方を工夫すれば非常に有効なツールになるのは明確なので、オンラインレッスンと組み合わせて自宅学習ができるサービス展開を予定しています。
ーーー国外にいる方も利用されるケースがあるようですが 元々送り出し機関で教育を受けているのではないでしょうか?
三隅様:
現在、私たちのサービスは主に国内での展開ですが、将来的には海外の送り出し側にもサービスを広げていきたいと考えています。実際に、インドネシア、ミャンマー、インドなどの送り出し機関とも交流を始めています。
現地の教育環境は国や送り出し機関によって様々です。基本的には、送り出し機関は日本語能力試験(JLPT)やJFT-Basic、特定技能試験の合格までをサポートするケースが多いです。試験と面接に合格させるまでが彼らのミッションであり、それ以降の「ビザ待ち期間」はサポートがない場合も少なくありません。オプションとして対応している機関もありますが、一貫性がないのが現状です。
また、日本語試験に合格するための学習であれば現地の先生でも十分かもしれませんが、これから日本に入国して日本人とコミュニケーションを取るための会話力を磨くには、日本人の先生が指導する方が効果的です。しかし、現地に日本人の日本語講師が十分にいない地域も多いため、オンラインで日本から日本人講師とつなぐことで質の高い会話練習ができるというメリットがあります。
このような背景から、試験合格後の「ビザ待ち期間」に、日本人講師によるオンラインレッスンを提供することで、来日時の日本語力を維持・向上させるという需要が生まれています。
ーーー実際に導入いただいている企業様の事例を教えていただけますか?
三隅様:
直接受け入れ企業様に導入いただくケースもありますが、現在は登録支援機関のお客様が増えています。規模感としては、ビルクリーニング、食品製造、介護、宿泊業などの業種で、数百人から数千人規模の企業・機関からのお問い合わせが中心です。
やはり、登録支援機関として日本語教育を実施する必要があり、様々なサービスを検討される中で、「eラーニングは手軽だが効果に懸念がある」「講師による指導が欲しいが高額になりすぎないものを」というニーズがあります。このような背景から、コストを抑えながら質の高い教育を提供できる当サービスにご関心をいただいています。
具体的な事例としては、他の登録支援機関との差別化を図るため、教育の質を重視する方針で当サービスを採用いただいた登録支援機関さんなどがいらっしゃいました。
登録支援機関間の競争が激しくなる中、単に「安い費用で特定技能人材を紹介します」という価格競争だけでは差別化が難しくなっています。そこで「人材を大切にする」「長期的なキャリア育成をサポートする」という価値を提供する支援機関が、当サービスを自社の差別化ポイントとして活用するケースが増えています。
例えば、ある登録支援機関では、「当社の特定技能人材は学研グループの教育を受けており、日本語コミュニケーション能力が高い」という点を強調し、受入企業からの評価を高めています。
導入企業からは、レッスンを受けた外国人材の意欲や学習態度が良好であるとの評価をいただいています。また、出席率や宿題提出率、受講態度などを数値化したレポートを提供しており、これが外国人材の評価指標として活用できるため好評です。単に日本語教育を提供するだけでなく、人材評価の側面からも支援できることが当サービスの強みとなっています。
ーーー外国人の教育に課題を抱えている企業様へのメッセージをお願いします!
三隅様:
日本で暮らし働く外国人にとって、日本語を使う機会は日常にたくさんあります。理想的には、そうした環境を活かして自分で学習を進めることが望ましいのですが、彼らにとってみれば『外国である日本の職場』で働くことに不安も大きいものです。特に特定技能の方々はまだまだ日本語学習のサポートが必要な段階にあり、自身の日本語力に不安を感じています。職場の方々も、外国人社員とのコミュニケーションにもどかしさを感じることがあるでしょう。
特に重要なのは「最初の一歩」です。日本語学習の方法や効果的な教材を、仕事をしながら自分で見つけるのは難しいものです。慣れない日本での生活に、帰宅後クタクタになってベットに直行する、泣きながら母国の家族に電話して寂しさを紛らわすといった話はよく聞きます。日本社会や日本語学習に慣れるまでは、サポートが必要だと考えています。
企業の皆様には、入社時や来日時のサポート体制をしっかり整えていただきたいと思います。外国人に限ったことではありませんが、オンボーディングは新入社員が戦力化する上で非常に大切です。外国人材は自身が入社する会社や日本社会に対する印象を大きく左右します。その最初のサポートが、将来にわたっての人材定着、人材の戦力化につながります。外国人材の教育や組織開発についてお悩みの際は是非弊社にご相談ください。TOASUは貴社の人材課題に寄り添い、解決に向けて伴走いたします。
編集後記
今回は、株式会社TOASUが展開する「Gakken STEPにほんご」について、三隅様にお話を伺いました。
インタビューを通じて浮き彫りになったのは、外国人材の日本語教育における「自立学習の難しさ」と「コスト効果のジレンマ」です。eラーニングは安価でも利用されず、高額な対面授業は企業負担が大きい。その狭間での解決策として生まれたサービスの姿勢が印象的でした。
特に「日本語教育の本質は実践の場での活用にある」という視点は重要です。単に語学を教えるだけでなく、「コミュニケーションブック」を通じて企業側にも働きかけ、日本人社員と外国人社員が共に成長する環境づくりを目指す姿勢は、これからの多文化共生社会のヒントになるでしょう。
人材不足が深刻化する日本社会で、外国人材を単なる「労働力」ではなく「パートナー」として受け入れる姿勢が求められています。「最初の一歩」を大切にした適切な初期投資が、結果的に人材の定着と活躍につながるという指摘は、外国人採用を検討する企業にとって非常に重要と言えるでしょう。