建設業界における人手不足が深刻化する中、YouTubeチャンネル「建設チャンネル」を運営する株式会社井上技研では、独自の情報発信による採用活動を展開しています。創業から8年、業界の変化を肌で感じながら新しい採用手法に挑戦し続ける同社代表の井上氏に、建設業界が直面する人材確保の課題や、今後の展望について詳しくお話を伺いました。
Webの情報発信なしでは、採用活動はうまくいかない
ーーー まずは貴社の事業概要についてお聞かせください!
井上様:
当社は美装工事や養生クリーニングなどの事業を手がけており、大手ゼネコンや地域の工務店など、様々なクライアントに対してサービスを提供しています。
私自身、大学卒業後に会社員を経験し、その後職人の世界に入り、現場での経験を重ねてきました。建設現場の番頭職を経験する中で、人材の手配や調整の仕事に携わる機会があり、自分の適性を感じて31歳で独立を決意しました。創業から8年ほど会社経営を行っています。
ーーー建設業界の人手不足はどのような状況でしょうか?
井上様:
よく「人手不足」と言われますが、正確には「できる人材」が不足しているというのが現状です。単に作業員の数が足りないということではなく、現場を管理できる人材、いわゆる「頭」となる人材が不足しているのです。そのため、工期の遅延や受注の制限などの問題が発生しています。
実際、業界内では明暗が分かれています。できる人材を多く抱える会社は常に仕事が埋まっている一方で、技術や経験が不足している作業員ばかり、もしくは作業員の確保ができていない会社は仕事がほとんどないという状態です。さらに深刻なのは、人手不足による倒産が増加傾向にあることです。職人がいないと現場を受けられず、事業継続が困難になるケースが出てきています。
ーーーなぜそこまで人材不足が深刻化しているのでしょうか?
井上様:
大きな転換点はリーマンショック前後にありました。当時、建設業界の賃金水準が大きく低下し、多くの人材が運送業など、他業界へ流出しました。特に団塊世代の職人が一斉に廃業したり、若い世代が建設業を離れたりする現象が起きました。
ーーー賃金面での改善は進んでいないのでしょうか?
井上様:
近年、建設業界では週休2日制の導入が進められていますが、これが新たな課題を生んでいます。週休2日制導入に伴い、賃金は上昇傾向にありますが、労働日数が減ることで実質的な収入は従来より減少してしまうケースもあります。
単純計算すると、週6日勤務から週5日勤務になる場合、時給を1.25倍に上げなければ収入が維持できません。しかし、現状ではそこまでの賃金上昇は実現できていません。また、まだ週休2日制が導入されていない現場も多く、業界全体で統一されていない状況も課題となっています。
さらに、マンション建設などでは資材高騰や人件費上昇が販売価格に十分に転嫁できていないケースも多く見られます。特に2、3年前に契約した物件では、想定以上のコスト上昇により、事業者側が赤字覚悟で建設を進めているような状況も生まれています。
ーーー人材確保に向けてはどのような取り組みをされているのでしょうか?
井上様:
当社の特徴的な取り組みとして、YouTubeチャンネルを通じた情報発信があります。4年前にスタートした時期が良かったこともあり、建設業界では比較的早い段階で影響力を高めることができました。
重要なのは、単なる再生数や登録者数を追うのではなく、コンテンツの質を重視し、それを見た方々からの仕事や採用につながるような展開を心がけていることです。実際、YouTubeを見て「働いてみたい」という問い合わせも増えてきています。
また、従業員からの紹介(リファラル採用)も重要な採用チャネルとなっています。当社では紹介手当を設定していますが、それ以上に、働きやすい職場環境を整備することで、自然と紹介が増えていくような好循環を目指しています。
ーーーWebでの情報発信が採用に効果を上げている一方で他社の状況はいかがでしょうか?
井上様:
今の時代、Web活用なしで採用がうまくいっている会社というのは、ほとんど聞きません。やはり何らかの形で情報発信をしていくことが重要です。ただし、単純に求人広告費を増やすだけでは限界があります。
もちろん、給与水準を上げることで人材を確保するという方法もありますが、元請けからの受注単価が上がらない限り、企業として成り立ちません。構造的な問題として、請負単価の上昇なしには人件費の大幅な増額は難しい状況です。
ーーー地方から都市部への人材流入についてはいかがでしょうか?
井上様:
実は、職人さんの地域間移動というのは、そこまで活発ではありません。地方で働いている方々が都会を目指してくるケースはそこまで多くない印象です。一つの現場が終わってしまえば、地元に帰って来れば良いだけなので。
ただ、最近印象的なのは、かつての「ヤンキー文化」と建設業の関係です。以前は、大学に行けるだけの知性はあっても家庭の事情で進学できない、あるいは受験に失敗した若者たちが、建設業で活躍するケースが多かったんです。実際、会社員よりも建設業の方が稼げるということで、今の45歳から50歳くらいの世代には、そういった方々が多くいました。
特に面白いのは、当時起きていた「逆転現象」です。高卒で建設業に入り、バリバリ働いて23、24歳で独立。同年代よりも早く稼ぎ、子供3人を育てながら地元で成功を収めるような人たちが、地域社会でも上位層を形成していました。
しかし現在は、いわゆる「大学全入時代」です。お金を払えば誰でも大学に入れる時代になり、せっかく大卒の資格を得たのに「なぜわざわざ建設現場で働く必要があるのか」という考えが一般的になってきています。これが建設業界の人手不足を加速させていると感じていますね。
ーーー今後の建設業の採用にまつわる展望はどうなっていきますか?
井上様:
厳しい状況ですが、全く希望がないわけではありません。
実は、リーマン・ショック前の2006年、2007年頃は業界が活況で、夜勤で1日18,000円程度の収入がありました。当時は消費税も5%で、タバコも300円程度。今の金額に換算すると、現在の22,000円から23,000円くらいの価値があったと思います。この賃金水準まで上がれば、「きつい仕事だけど、その分稼げる」という意識も生まれてくるのではないでしょうか。
ただし、単に額面だけを上げても解決にはなりません。確かに「月収50万円」といった求人は目を引きますが、20年前の50万円と現在の50万円では、手取りの実質価値が大きく異なります。可処分所得の減少は建設業に限らず、どの業種でも課題となっていますが、少なくとも額面を上げることで採用面での訴求力は高まると考えています。
ーーー給与以外での定着策はありますか?
井上様:
経営者の意識改革が重要です。まだまだ「昔気質」の社長も多く、休暇を取らせずにゴリゴリ働かせるような会社が少なくありません。そういった企業が業界全体のイメージを下げている面があります。
当社では休暇取得にも配慮していますが、そういった時代に即した労務管理ができていない会社も多いのが現状です。ただ、そういった旧態依然とした経営者も5年から10年で世代交代していくでしょう。当社のように、社長自身が顔を出してSNSで情報発信を行い、会社の体制や考え方を明確に示している企業の方が、働く側からすれば安心感があると思うんですよね。
外国人の定着は、経営者の姿勢に大きく左右される
ーーー建設業界における外国人材の活用についてどのようにお考えですか?
井上様:
外国人材の活用には非常にポジティブな立場です。というのも、「若くて建築用語を理解し、即戦力として動ける日本人」を求めること自体が、現実離れした期待だからです。建設業界は臨時的な労働力で成り立っている面があり、そうした需要に応えられる人材として、外国人の方々の存在は不可欠だと考えています。
実際、外国人の現場労働者は着実に増加を続けています。ただし、この増加が必ずしも企業の収益性向上には結びついていないのが現状です。むしろ、利幅は薄まる傾向にあります。
特に近年の課題として、現場で求められる作業レベルが上がっている点が挙げられます。以前は「手元として使える」という程度の認識でしたが、今はより高度な技能が要求されます。一方で、それに見合う人材の確保は困難になっています。中には外国人材の受け入れに対して不安を感じ、クレームを懸念する会社もあります。
繰り返しになりますが、建設業界全体として外国人材の活用は一般的になってきていると思います。多くの会社が技能実習生を受け入れており、常時2人程度は受け入れているような会社も珍しくありません。ただし、以前のように「とにかく人数を確保する」という状況ではなく、予算面での制約も厳しくなっているのが実情です。
ーーー周辺企業で外国人材受け入れの成功事例や課題などはありますか?
井上様:
私の身近な会社では、外国人材は比較的良好に定着しています。ただし、これは経営者の姿勢に大きく左右されますね。経営者自身の考え方や、社内の人員構成が重要な要素となります。
特に重要なのは職場の雰囲気です。経営者がしっかりとした理念を持ち、健全な職場環境を整備している会社では、外国人材もスムーズに定着しています。逆に、経営者自身が問題のある場合、現場でのいじめなどのトラブルも発生しやすくなります。
外国人材の離職理由としては、人間関係などの問題よりも、むしろ業務の特性による肉体的な負担が大きいようです。例えば、墨出し工事のような早朝作業が必要な現場では、午前5時スタートということもあり、そういった勤務時間の面で折り合いがつかないケースもあります。
ーーー人材確保に悩む経営者の方々へメッセージをお願いできますか?
井上様:
まずは情報発信の重要性を強調したいと思います。特にSNSを活用した発信は、コストパフォーマンスも高く、効果的な手段となっています。例えばTikTokであれば、スマートフォンで簡単に編集でき、若い世代へのアプローチも可能です。編集を外注しても1本3,000-4,000円程度で制作できるため、従来の求人広告と比べても十分にコストメリットがあります。
また、従来型の求人媒体も完全に否定はできません。特に建設業界では、まだまだタウンワークやハローワークを利用する求職者も多いため、オンライン・オフライン両方のチャネルを効果的に活用することが重要です。
さらに、現場での直接的なスカウトや、既存の作業員からの紹介など、アナログな採用活動も依然として重要です。特に大手企業が100-200人規模で職人を抱えている現状では、地道な人材確保の取り組みも欠かせません。
重要なのは、従来の常識にとらわれず、新しい取り組みにチャレンジする姿勢です。YouTubeやTikTokといった新しいメディアを活用した情報発信や、外国人材の積極的な活用など、様々な可能性に目を向けることが、今後の業界発展のカギとなると思っています。
編集後記
建設業界が直面する人材不足。その解決策として、デジタルマーケティングを活用した採用活動や、外国人材の戦略的な活用など、新しいアプローチが始まっています。その最たる成功事例が、まさに井上社長の展開する「建設チャンネル」であり、ベンチマークすべき対象と言えるでしょう。しかし、それ以上に重要なのは、時代に即した労務管理や、適切な待遇の確保といった基本的な取り組みかもしれません。業界全体の持続的な発展に向けて、一つずつ課題を解決していく姿勢が求められています。
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