製造業、物流、サービス業など、様々な業界で外国人材の活用が進む中、「育成」と「コミュニケーション」という二つの大きな課題が浮き彫りになっています。特に中小企業では、人手不足を補うため技能実習生や特定技能人材の採用を進めているものの、言語の壁により、業務マニュアルの理解や日々のコミュニケーションに苦心している現場が少なくありません。
現場DXを推進する株式会社カミナシでは、こうした課題に着目し、多言語対応の動画マニュアル・研修システム「カミナシ 教育」と、コミュニケーション・従業員管理ツール「カミナシ 従業員」を展開。自動翻訳機能を活用し、外国人材が多い現場の課題解決と、外国人材の活躍を支援しています。今回は同社で両製品の開発責任者を務める加古様に、外国人材の育成・定着における課題と、その解決に向けた取り組みについてお話を伺いました。
現場での非効率で”憂鬱な仕事”をデジタルの力でなくす
ーーー貴社の事業概要とサービス展開の経緯についてお聞かせください
加古様:
カミナシは現在、現場の「作業」「人材」「設備」という三つの領域でサービスを展開しています。一番最初に提供を開始したのは、紙の帳票のデジタル化サービス「カミナシ レポート」です。2020年6月から提供しており、現場での紙の帳票への記録・管理業務を効率化し、製品・サービスの品質レベルを向上させるプロダクトとして開発しました。
その後、日々お客様に伴走する中で見えてきた現場の課題を解決すべく、サービスの拡充を進めてきました。2024年8月には現場の人材の領域で「カミナシ 従業員」を提供開始。主にコミュニケーションや書類のやり取りを一つのツールで完結させるサービスとして、一斉に業務連絡を送付できる「お知らせ機能」や「チャット機能」、給与明細の配布機能も備えており、どの機能も多言語で閲覧・利用いただけます。
2025年1月には、動画マニュアルをはじめとした教育・研修コンテンツの作成・配信と従業員個々人の教育管理を一元化する「カミナシ 教育」を、さらに2025年2月には設備保全に関わる業務を一気通貫で行える「カミナシ 設備保全」の提供を開始しました。
ーーーどのような業界で活用されているのでしょうか?
加古様:
現在30以上の業界で導入いただいています。具体的には食品製造、機械製造、ホテル・宿泊業、飲食店、ビルメンテナンス、物流業界など、非常に幅広い分野で活用されています。
特徴的なのは、デスクワーカーではなく、工場や店舗などの現場で働く「ノンデスクワーカー」の方々の業務改善・効率化に焦点を当てている点です。規模感としては、中小企業から上場企業まで幅広くご利用いただいています。
ーーーサービス展開を進めていった背景についてお聞かせください
加古様:
現場での大きな課題の一つは、働いている方々の「個」が見えにくいという点です。デスクワーカーは個人でメールアドレスを持ち、誰がどんな業務を行ったのか、どういったスキルを持っているのか、どういった評価や成果を出しているのかを個人単位で管理できています。
しかし、現場で働く方々は、どれだけしっかり働いていても同じ時給になってしまったり、能力や成果が適切に評価されにくい環境にあります。この課題は、現場での管理者経験がある当社代表の諸岡も強く認識しており、「ノンデスクワーカーの才能を解き放つ」というミッションのもと、サービス展開を進めてきました。
また、特に当社のサービスを導入いただく業界・企業様では、外国籍従業員の活用が進んでいます。中でも中小企業では、人手不足の中で高卒・大卒の正社員採用が難しく、パートアルバイトや技能実習生といった外国籍従業員の活用が進んできている状況です。
外国籍従業員の採用が増える中で、新たなコミュニケーション課題も顕在化してきました。人の入れ替わりが激しい現場において、言語の壁の問題も加わり、「言った・言わない」「理解した・していない」といった齟齬が増えていったのです。これは「カミナシ レポート」をご利用いただいているお客様からも多く寄せられた課題でした。
こうした現場の課題に寄り添う形で、帳票のデジタル化から従業員管理・コミュニケーション、教育とサービスを拡充させてきています。
外国人材の教育課題を解消する|「カミナシ 教育」

ーーー「カミナシ 教育」の具体的な機能について教えてください
加古様:
「カミナシ 教育」は、動画マニュアルや教育コンテンツの作成・配信から従業員個人の教育記録、教育管理までをワンストップで提供するサービスです。大きく分けて「伝わるマニュアルを作る」「作ったマニュアルを確実に届ける」「教育を定着させる」という三つの機能を備えています。
特に外国人材の教育においての特徴は2つあり、1つ目に動画マニュアルの字幕と音声読み上げの自動多言語翻訳機能です。元々の動画に日本語のナレーションが入っている場合は、それをAIが自動で文字起こしし字幕化できます。本機能は、その字幕を多言語に翻訳したり、その言語で読み上げるという機能です。2点目は、既存の文書マニュアルの多言語翻訳機能です。こちらは、ExcelやPowerPointをそのままアップロードするだけで自動で多言語に翻訳する機能です。
ーーーマニュアル作成の工数負担について現場からの懸念はありませんか?
加古様:
確かにその点は多くのお客様から質問されます。しかし、「カミナシ 教育」は非常にシンプルな設計を心がけており、例えば短い動画であれば、PowerPointを編集する感覚で3分程度で簡単に作成できます。
動画編集サービスの中には、複数のレイヤーを重ねたり、細かい編集機能を備えたものもありますが、あえてそういった機能は省いています。その分、現場の方でも直感的に操作でき、素早くマニュアルを作成できる仕様となっています。
外国人材とのコミュニケーション課題を解決する|「カミナシ 従業員」

ーーー「カミナシ 従業員」の開発背景について教えてください
加古様:
現場でよく見られる光景として、朝礼や掲示板に紙を貼って業務連絡を行うというものがあります。しかし、ちゃんと理解されているのか、誰が見たのかを把握できないという課題がありました。
また、外国籍の従業員が増える中で、実は日本語での業務連絡の内容を理解できていないのに、その場では「わかりました」と言ってしまい、後で業務ミスを起こしてしまうといったケースも多く耳にしました。
さらに、技能実習生の生活サポートにおいては、個人のSNSを使用するケースも増えています。ただ、国によって主流のSNSが異なり、例えばインドネシアの方はWhatsApp、ベトナムの方はZaloかFacebookメッセンジャー、ミャンマーの方はTelegramを使うなど、ツールが分散しており、企業で技能実習生のサポートの役割を担う生活指導員の負担が大きい状況でした。
こうした外国籍の従業員をはじめとした従業員とのコミュニケーションの課題解消を一つの目的として、サービス開発を進めてきました。
ーーー「カミナシ 従業員」の具体的な機能について教えてください
加古様:
「カミナシ 従業員」は、会社や管理者と従業員のやりとりを一つのサービスで完結できるツールです。主な機能は、業務連絡などの一斉配信ができる「お知らせ機能」「チャット機能」、そして「給与明細配布機能」です。
特徴は大きく2点あります。まず、メールアドレスがなくても利用できる点です。現場で働く方々の多くはメールアドレスを持っていないため、この点は非常に重要です。そして、すべての機能が13言語への自動翻訳に対応している点です。従業員側の画面で閲覧したい言語を設定すると、すべての文章が自動でその言語に翻訳され、表示されます。例えば、閲覧言語をベトナム語に設定した場合、他の日本人従業員が日本語で投稿した内容は、ベトナム語で表示されます。逆に、ベトナム語が母語の外国人従業員がベトナム語で入力した内容は、日本人従業員には日本語に翻訳されて表示されます。
さらに、給与明細のWeb配布機能により、紙で配布する手間を削減できます。特に、雇用形態が正社員・派遣・パートタイマー・外国人社員・スポットワーク等、ますます多様化する中、これまで正社員はデジタル化されているものの、パートタイマーは紙での配布が続いているという企業も多く、その業務負担の軽減にも貢献しています。
ーーー多言語翻訳の精度についてはいかがでしょうか?
加古様:
機械翻訳を活用しているため、人による翻訳と比べると精度面での課題はあります。そこで「お知らせ機能」では二つの工夫を行っています。
一つは、母国語だけでなく複数言語での表示機能です。例えばベトナム語に設定している場合でも、ベトナム語、英語、日本語の3パターンでコンテンツを閲覧することができます。英語は機械翻訳の精度が最も高い言語であり、また第二外国語として学んでいる方も多いため、母国語の翻訳が少し違和感がある場合は、英語版や日本語版と見比べることで正確な理解が可能になります。
もう一つは、AIによる文章構成の最適化機能を現在開発中です。日本語は主語が省略されやすいなど、機械翻訳の精度を下げる要因がいくつかあります。そこで、文章を短く端的にしたり、主語を明確にしたりすることで、翻訳精度の向上を図っています。
ーーー具体的な導入事例を教えていただけますでしょうか?
加古様:
長野県の食肉加工企業様の事例をご紹介させていただきます。全従業員110名のうち24名が技能実習生と特定技能の外国人従業員という構成です。以前は、労働環境の改善など複雑な説明が必要な際は通訳が来るまで待たなければならず、仕方なくプライベートのSNSを使用してやりとりをされていたそうです。例えば、総務の方が外国人従業員にメッセージを送る際は、まず翻訳ツールで文章を翻訳し、それを該当する従業員のSNSに送信。返信が来たらまた翻訳ツールで確認する、という手順を踏んでいました。また従業員それぞれが異なるSNSを使用していたため、コミュニケーションに非常に時間がかかっていました。
「カミナシ 従業員」の導入後は、外国人従業員とのやりとりが一元化されたことに加え、日本語でメッセージを送ると相手には自動的に翻訳された状態で表示されるので、通訳が訪問するタイミングを待ったり、翻訳ツールにかけたりする必要なく、スムーズにやりとりできるようになったとのことです。また、こちらのお客様は、近辺に公共交通機関があまり通っていないこともあり、技能実習生の生活サポートの一環で、定期的に車を出してスーパーなどでの買い物の送迎をされているそうなのですが、お知らせ機能を活用して、次回の送迎のタイミングなどの連絡をされているそうです。
お知らせ機能は、誰が情報を確認したかを把握できます。そのため、未読の従業員のみにリマインド連絡をすれば良くなり、業務効率化にもつながっているとおっしゃっていました。
ビルメンテナンス業界のお客様では、全従業員の4割を占める外国人従業員がホテルの客室清掃などを担当しています。以前は毎日の朝礼で業務連絡を日本語で行い、その場では「わかりました」と返事があっても、実際には指示が理解されていないケースが多々ありました。
例えば、「お客様の忘れ物はこのように保管してください」という指示を出しても、実際には別の方法で処理されてしまうことが起きていたそうです。ホテルから業務を委託されているという事業の性質上、このような品質管理の問題は信頼関係に関わる重大な課題でした。
「カミナシ 従業員」の導入後は、それぞれの従業員が母国語で業務連絡を閲覧できるようになったことで、業務ミスが削減されたとのことです。
ーーー通訳や監理団体との関係はどのように整理されているのでしょうか?
加古様:
日々の業務連絡や早く伝えたい内容については、「カミナシ 従業員」を利用いただくケースが多いです。通訳や監理団体は、担当者の時間が空いていれば、メッセージを送付してその場で通訳・翻訳対応していただけるケースがある一方で、通訳・翻訳依頼をしてもなかなか返信が来ないケースもあったりします。担当者のレスポンスを待つ間にも現場の業務は進んでいってしまいますので、多少翻訳の精度が完璧でなくても、素早く情報を共有できることの方が重要な場合は、当社のサービスをご利用いただき、満足いただくケースが多いですね。
一方で、特に労務関連など、100%正確に伝える必要がある内容については、通訳や監理団体を通じて伝達いただけると良いのではと考えています。
外国人材の才能を最大限引き出すプラットフォームへ
ーーーITサービスやタブレット端末の操作等に不安を感じるお客様は多くないですか?
加古様:
そういった不安感を感じるお客様ももちろんいらっしゃいます。そのため、全てのサービスにおいて、担当のカスタマーサクセスメンバーが、お客様が自力で運用できる状態になるまで手厚くサポートさせていただいています。また、営業時間内であればチャットサポートで数分以内に返信する体制も整えています。
導入後の活用状況も細かく確認させていただき、必要に応じて改善提案なども行っています。というのも、導入しただけでは意味がなく、実際に現場で活用され、効果を実感していただけることが重要だからです。
ーーー他社サービスとの違いについて教えてください
加古様:
各サービスのセグメントでは、他社様もサービスを提供されていますが、私たちの強みは、現場の一次情報からサービスを開発している点、そして人材育成からからコミュニケーション、設備保全まで、現場のDXを包括的にサポートできる点と考えています。
当社では、お客様の現場を年間約3,100回訪問し、どのような課題を抱えているのか、一次情報を取得しにいっています。そのなかで、外国人従業員の増加による課題が大きいという点から、多言語翻訳が可能なサービス開発を行っています。
例えば、「カミナシ レポート」も多言語翻訳が可能で、外国人従業員は記録業務も自分の理解できる言語で行うことができます。「カミナシ 従業員」「カミナシ 教育」もここまでお伝えした通りですが、外国人従業員の多い現場のDXを一貫してサポートできる体制を整えています。
ーーー今後のサービス展開についてお聞かせください
加古様:
まずは個々のサービスの価値向上に注力していきます。特に外国人材の活用という観点では、翻訳の精度向上や、より使いやすいインターフェースの開発を進めています。
全体的な方向性としては、現場の課題を解決していくという軸は変わりません。作業、人材、設備という三つの領域に関わるサービスの拡充を検討を進めています。
ーーー最後に外国人材の活用を検討している企業へメッセージをお願いできますでしょうか?
加古様:
現場における外国人材の活用において、最も重要なのは「伝える」から「伝わる」へのシフトです。日本語で説明して「わかりました」と返事があっても、本当に理解されているかどうかは別問題です。特に、品質管理や安全に関わる重要な指示は、確実な理解が必須となります。
また、技能実習生や特定技能の従業員の方々は、母国でSNSツールを活用したコミュニケーションに慣れています。ただし、企業側の負担を考えると、様々なツールを使い分けるのではなく、一元化された形でのコミュニケーション管理が望ましいでしょう。
私たちは、現場で働く外国人材の才能を最大限に引き出すためのプラットフォームを提供しています。言語の壁を超えて、一人ひとりが持つ可能性を開花させ、安心して長く働ける環境づくりのサポートと、そのことにより企業の成長に貢献していきたいと考えていますので、もし不安・課題がある企業様はぜひお問い合わせいただければと思います。
編集後記
今回は、現場DXを推進するカミナシ社の加古様に、外国人材の「育成」と「コミュニケーション」における課題解決についてお話を伺いました。
インタビューを通じて特に印象的だったのは、「伝える」から「伝わる」へのシフトという視点です。現場では、日本語での説明に対して「わかりました」という返事があっても、実際には指示が正確に理解されていないケースが多々あります。また、コミュニケーションツールの多様化も新たな課題として浮かび上がってきました。現場の管理者は複数のツールを使い分けながら、情報伝達の正確性も担保しなければならない状況に直面しています。
しかし、これらの課題は単なるツールの導入だけでは解決できません。インタビューで見えてきたのは、現場で働く一人ひとりの「個」を認識し、その才能を最大限に引き出すという視点の重要性です。給与などの処遇面だけでなく、教育機会の提供やコミュニケーションの円滑化を通じて、外国人材が持つ可能性を開花させていく。
技能実習生や特定技能人材の受け入れが進む中、いかにして言語や文化の壁を超えた現場づくりを実現していくか。AIによる翻訳技術の進化と、それを現場のニーズに合わせて最適化していく取り組みは、その具体的な解決策の一つとなるのではないでしょうか。